どうして書くのかと言われても
『どうして、ネット上でそんな文章を書くのですか?何を目的として?』
あるとき、ブログを書いていると言う私に、職場の上司たちが意地悪く聞いてきた。
はて、なぜでしょう。
そんなことは、私にもよくわかりませんよ。
でも、まず、誰かに何か伝えることが出来る手段であるのは間違いない。
これは、良くも悪くもある。
昔みたいにインターネットが普及していなかったアナログな頃は、こんなこと考えもしなかったけれど。
あの、一生懸命手紙や日記を書いていた頃に、こういう手段があればなぁ・・と思う。
今よりももっと純粋にたくさん文章を書いていたし、書きたいことがたくさんあったようにも思う。
暇なとき、新着ブログなどチェックしてみると、中学生や高校生の子でもブログを書いているのを頻繁に見かける。
(まぁ、ネット上ですので、それが本当かどうかはさておき・・・)
私も、そういう時期にこういう手段があれば。
もしかしたら、もうちょっと良かったかもしれないなって、ちょっとだけ思いました。
本題に戻ります。
なぜ、ネット上にわざわざ文章を書くのか。
どうしてだろう。
これには、大きく分けて2つの目的があるようにも思う。
① 周囲の人たちに自分の考えていることや、状況など知らせたい。
② 周囲の人たちには知られたくないけど、思っていることを綴りたい。
今回のこのブログは、①、②のどっちなんだろう。
①は、良い面と悪い面がある。
これまで、いくつかブログを書いてきたが、やはり途中で行き詰るときは、①の悪い面があるときだ。
私は、時々、引きこもりのような波がやってくるときがある。
そのときに、自分のプライベート(にどうしてもなるからね、こういうのは)が周囲の人に話してもないのに流出してしまうことが、とてつもなく嫌になる。
そして、お調子者でもある私は、気軽にブログのことをしゃべってしまうときがあるので、そのために、本当はそんなに仲良くもないけど中途半端な仲の人に見られている、読まれている、私のことを知られていることが、すごく嫌なことに思えて仕方がなくなってしまうのです。
ブログって、便利だけどすごくそれが皮肉になってしまうときもあって。
例えば。
とても悩んだり、思いつめたりしていることがあって。
それを文章にする。
文章にすること自体は、すごく良いことだと思う。
自分の思っていることが、整理される。
一種の癒しでもあるのだろうと思う。
それを、話してもいないけれど、人が知ることになる。
どういうことかというと。
普通なら、そういった心の奥の思いなんて、そっと会った友達に、そっと打ち明けたり相談したりするものでしょ。
でも、それを、そっと文章にしてしまうと、うわっと周囲の人たちに流出することになる。
そして、それは思いが冷えてしまった後でも、ほらほらって簡単に引き出してもう一度見せることもできてしまう。
ある意味恐ろしいものでもあるよね。
そういうことを、無神経に出来る人もいる。
だから、慎重にならざるを得ない。
もともと、私は文章を書くのが大好きだ。
中学生の頃には自分の日記に加えて、複数の友達と交換日記なるものもやっていた。
高校生のときにもずっと日記は書き続けた。
友達や好きな人にも、たくさん手紙を書いた。
文章を書くのは、癒しであると同時に、うまく人に気持ちを伝えきれない私にとっては最良のコミュニケーションの手段でもある。
このブログをまたはじめた目的は自分でも、今はまだ良くわからないけれど、また、つれづれと文章を打つ作業が恋しくなったのかもしれないなぁと今ふと思った。
当面は、周囲に知らせず、いろんな思いを書いていこう。